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池は恋爱小説の舞台だった 三四郎池 Vol.1

掲载日:2026年3月23日

本郷キャンパスの真ん中に叁四郎池があります。赤门とならんで东京大学の宝物です。江戸时代の加贺前田藩の藩邸时代に造られ、大学に引きつがれました。学生や职员、来访者から今も爱されています。ここを散歩する前に、名前のもとになった夏目漱石の小説「叁四郎」について、英米文学の阿部公彦教授に闻きました。

阿部先生

阿部先生は英米詩の研究者です。『集中講義 夏目漱石』(NHK出版)の著書があります。漱石を「英文学の先輩です」といいます。大学院生たちを指導する英語英米文学研究室に、漱石とラフカディオ?ハーン(小泉八雲)の写真が並んでいます。漱石は明治時代に帝国大学(現在の東京大学)英文科で学び、イギリス留学の後、母校で英語と英文学を教えました。阿部先生も同じです。漱石は直系の先輩にあたります。ハーンは漱石の前任の教師でした。

「叁四郎」で恋爱小説に挑んだ漱石

阿部先生は「漱石が西洋风の恋爱小説を书こうとして、どういう风に书くかという试みがよく出た」のが「叁四郎」だといいます。

漱石は大学教师の后、新闻社に専属作家として就职します。はじめは読者の兴味にあわせるのに苦労したようです。「叁四郎」は新闻社で连载小説を书くようになって二年目の明治41(1908)年の作品です。

心字池
育徳园心字池(园内北侧より医学部?南方向を望む)

小説のなかで主人公の叁四郎が东京の大学に入ります。大学病院から出てきた美しい女性に见とれるのが、后に叁四郎池と呼ばれるようになった池での出来事です。ヒロインの美禰子(みねこ)とはその后、池でもう一度出会い、话を交わします。それまでにも、美禰子に出会わないかと池のまわりを歩くシーンが何度もあります。知りあいと连れだって菊人形を见に行って、美禰子と二人だけで先に出て、谷筋の道を歩くシーンもあります。

なぜ、叁四郎はこんなに歩くのでしょうか。

阿部先生は「主人公を动かすと物语が动く」「谁かを登场させると动く」といいます。「どの小説にも、知らない人同士が出会う场面が书かれているし、出会いの発端で移动があるというのも书かれている」といいます。これは当时、世界的にも交通网が広がり、移动の范囲が格段に広くなったことも背景にあるそうです。叁四郎も电车に乗って本郷から大久保まで行きます。阿部先生はこの小説を「东京案内小説」と呼ぶほどです。明治时代の东京の発展と、それを知りたい読者の思いに応えたのかもしれません。

美禰子はこの小説で “Stray Sheep”(迷える羊)という言葉を何度も口にします。三四郎は何をさしての言葉かわからず、戸惑います。これも「他者である女性に惑わされる男性というのが、恋愛小説の基本パターン」(阿部先生)なので、作家の技法に三四郎も読者も惑わされることになります。

ヒロインに惑わされる青年

美禰子が「人に目立たぬ位に、自分の口を叁四郎の耳へ近寄せた」というシーンがあります。叁四郎は何を言われたのかわかりません。美禰子は実は何も言わなかったのかもしれません。ほかにも、叁四郎に话しかけて中途で终わったり、问いかけに答えなかったりします。

阿部先生によると、漱石が研究した19世纪のイギリスの小説では「何を言っているのかわからない台词はそんなに出てこない」そうです。20世纪になると「そういうのが散々出てきます。有名なのはヘミングウェイですが、ぼそっと言うとか、最初から「&丑别濒濒颈辫;&丑别濒濒颈辫;」とか、途中でやめるとか」。20世纪初めに书かれた「叁四郎」は最新のスタイルを见せています。

また、阿部先生の解説では、この小説が発表された时代は、作家たちが日本语の话し言叶で文章を书く「言文一致」をどう形にするか模索している时代でした。「叁四郎」は、时代を拓いた新しい形の恋爱小説を试したといえるようです。

池のどこで二人は出会ったか

1897(明治47)年頃の東京大学本郷キャンパス
1897(明治47)年顷の东京大学本郷キャンパス(図左侧が北)

叁四郎池は现在、まわりの木々が繁茂して、见通しの悪いところもあります。

叁四郎が初めて美禰子を见たのは池のどこでしょう。小説の原文に「左手の冈の上に女が二人立っている」「女はこの夕日に向いて立っていた」とあります。现在の叁四郎池の东侧の上の方に美禰子が现れ、それを见上げるどこかに叁四郎がいたことになります。その方向には、美禰子が入院していた病院がありました。叁四郎は、北侧の理科大学(理学部)に知人を访ねてからの帰り道でした。

小説を読んで、二人がどう出会ったのかを考えてみるのも楽しいですね。

この场面で美禰子は「今まで嗅いでいた白い花を叁四郎の前に落として行った」とあります。叁四郎は「茫然と」します。この前后で「白」という色が何度か出てきます。阿部先生は「色は演出としてうまく机能する。同じ色がなぜか出てくることが小説にはしばしばあって、それを拾っていくと何かが浮かび上がる。意味がありそうだけど、なんだか分からないぐらいがちょうどいい」と分析します。漱石はここでも、作家としての技法をこらしています。

小説「叁四郎」は名作として、その名を大学の池に残しました。もともとは加贺藩が造った庭园「育徳园」の一部である「心字池」ですが、いまではこの爱称の方が知られるようになりました。小説の舞台は本郷キャンパスとその周辺であり、作品自体が漱石から大学へのプレゼントになっているともいえるでしょう。

お勧めの漱石作品

海外からの学生をはじめ、漱石を初めて読む人にも「叁四郎」はお勧めの一篇です。阿部先生は、その后に书かれる「门」や「明暗」も好きだそうです。

次回は、この叁四郎池がどうやって出来たか、地形としての特徴は何かを、工学系の研究者に闻きます。

阿部先生

阿部 公彦
大学院人文社会系研究科?文学部&苍产蝉辫;教授

専門は英米文学。東京大学文学部卒、同修士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士課程修了。博士(文学)。東京大学文学部英語英米文学科助手、同大学院人文社会系研究科准教授などを経て、2018年より現職。 『集中講義 夏目漱石』(2023年、NHK出版)、(2012年、东京大学出版会)、『英诗のわかり方』(2007年、研究社)ほか。

取材:中島 泰

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