岩手県奥州市所蔵「留守文书」史料画像データの公开 ―东京大学との歴史资料の利活用に関する覚书に基づき、中世文书のデジタルデータを公开-
東京大学史料编纂所は、岩手県奥州市が所蔵する古文書「留守家文书」の画像のWEB公開を開始しました。
公开を始めるのは留守家文书の一部です。留守家文书は、鎌仓时代の初めに源頼朝から陆奥国留守职と奥州総奉行に任じられ陆奥国に下向した伊沢家景の子孙に伝わった文书群(约2,000点)です。留守家は、室町时代以降に伊达家から3回养子を迎え、3回目の养子である留守政景(伊达宗朝)が当主だった天正18(1590)年に奥羽仕置で改易されました。以降は伊达家に仕え、江戸时代には仙台藩の一门の家格を有する藩士として明治维新を迎えます。江戸时代初期に、留守政景の子伊达宗利が陆奥国胆沢郡塩竃村(现岩手県奥州市水沢)を宛行われたことから、水沢伊达家とも呼ばれています。
1995年には「留守家文书(107通)」として重要文化财に指定されました。指定外の近世?近代文书も目録が作成され、利活用が可能となっています。
史料编纂所では1978年に整理を行い、その後2024年度に留守文書の調査?撮影を行いました。
そして2025年12月に奥州市と覚书を缔结したことにより、2026年1月から「留守家文书」の一部の目録データと画像データを奥别产公开いたしました。
今回ウェブ公开した史料画像は「留守家文书」のうち国の重要文化财に指定されている中世から近世初期の文书107件です。鎌仓?南北朝时代の文书は、留守家庶流の留守余目家に伝わった文书群で、江戸时代に留守一族の系谱を调査した际に水沢伊达家が蒐集しました。戦国时代の文书の一部も、江戸时代の系谱调査の际に集められた文书です。留守政景以降の文书から、连続して留守家(水沢伊达家)の伝来文书となります。
留守家文书は、文书の多くが保存のために巻子に装丁されており、一度に复数の文书を同时に閲覧することが困难でしたが、今回デジタルアーカイブ化されたことにより、より手軽に古文书を利活用することができるようになりました。
これらの史料画像は史料编纂所の「Hi-CAT Plus」データベースから閲覧可能です。これにより、今後の研究の進展が期待されるのはもちろん、広く市民の方々にも、文書が持つ迫力を身近に感じていただくことができるようになります。なお、画像の掲載などを希望される場合は、をご参照ください。
公开を始めるのは留守家文书の一部です。留守家文书は、鎌仓时代の初めに源頼朝から陆奥国留守职と奥州総奉行に任じられ陆奥国に下向した伊沢家景の子孙に伝わった文书群(约2,000点)です。留守家は、室町时代以降に伊达家から3回养子を迎え、3回目の养子である留守政景(伊达宗朝)が当主だった天正18(1590)年に奥羽仕置で改易されました。以降は伊达家に仕え、江戸时代には仙台藩の一门の家格を有する藩士として明治维新を迎えます。江戸时代初期に、留守政景の子伊达宗利が陆奥国胆沢郡塩竃村(现岩手県奥州市水沢)を宛行われたことから、水沢伊达家とも呼ばれています。
1995年には「留守家文书(107通)」として重要文化财に指定されました。指定外の近世?近代文书も目録が作成され、利活用が可能となっています。
【図1:将軍家政所下文 建治2(1276)年閏3月11日】

史料编纂所では1978年に整理を行い、その後2024年度に留守文書の調査?撮影を行いました。
そして2025年12月に奥州市と覚书を缔结したことにより、2026年1月から「留守家文书」の一部の目録データと画像データを奥别产公开いたしました。
今回ウェブ公开した史料画像は「留守家文书」のうち国の重要文化财に指定されている中世から近世初期の文书107件です。鎌仓?南北朝时代の文书は、留守家庶流の留守余目家に伝わった文书群で、江戸时代に留守一族の系谱を调査した际に水沢伊达家が蒐集しました。戦国时代の文书の一部も、江戸时代の系谱调査の际に集められた文书です。留守政景以降の文书から、连続して留守家(水沢伊达家)の伝来文书となります。
留守家文书は、文书の多くが保存のために巻子に装丁されており、一度に复数の文书を同时に閲覧することが困难でしたが、今回デジタルアーカイブ化されたことにより、より手軽に古文书を利活用することができるようになりました。
これらの史料画像は史料编纂所の「Hi-CAT Plus」データベースから閲覧可能です。これにより、今後の研究の進展が期待されるのはもちろん、広く市民の方々にも、文書が持つ迫力を身近に感じていただくことができるようになります。なお、画像の掲載などを希望される場合は、をご参照ください。
【図2:Hi-cat Plusデータベース画面】


