
书籍名
フランス知と戦后日本 対比思想史の试み
判型など
332ページ、四六判
言语
日本语
発行年月日
2024年3月28日
ISBN コード
9784560092774
出版社
白水社
出版社鲍搁尝
学内図书馆贷出状况(翱笔础颁)
英语版ページ指定
おおよそ1980年代までの日本では、学生にとって必読とされる本がありました。理论を轴にした社会科学系の図书も多かったのですが、人文学系の図书ではフランスの哲学や思想を扱うものが目立っていました。1980年のサルトル死去は日本でも大きく报じられ、田舎の中学生だった私にも强く印象づけられました。「フランス知」の存在感と影响力には目を见张るものがあったのです。
いまでは、そもそも必読书ということもかつてほどには言われませんし、フランスについても社会の现実に関心が向けられています。「等身大のフランス」の姿が知られるようになったのは良いことだと思いますが、それにしても、なぜ「フランス知」の位置づけは変わったのでしょうか。これを日本の侧から考えてみることを通じて、戦后日本の変化を浮かび上がらせることが、本书の目的です。
本书の各章では、フランスの思想や歴史を扱った日本人研究者の着作を取り上げ、その内容を绍介しつつ、书かれたときの文脉や现在からみた意义などを考察しています。それらの着作のなかには、世の中の変化からずれてしまったものもあれば、今なお―あるいは、今だからこそ―読む者に诉えかけるものもあります。
私が担当した章では、フランス革命200周年としての1989年に注目し、その年に刊行された柴田三千雄『フランス革命』(岩波書店) を取り上げました。「フランス知」の影響力がまだ強かったこともあり、フランスでおこなわれた200周年記念行事は日本でも注目され、クライマックスであった7月14日の前後には放送開始まもないNHK-BSで連日の中継がおこなわれました。大学院生だった私も興味深く視ていました。ただ、当時は気がつかなかったのですが、フランスでの記念行事が伝えようとしていたメッセージと、柴田書に代表される日本のフランス革命研究のあいだには、じつは大きな隔たりがありました。端的に述べると、前者が国境や階層を超越した普遍性を打ち出していたのに対し、後者はフランスの枠組みのなかで諸階層の動向に注目していました。この隔たりは、以後の「フランス知」の受容のされ方と深く関係しているように思われます。
ところで、构成をみるとわかるように、本书では年号に重要な役割が与えられています。これは何も本书だけのことではありません。歴史の年号というと、日本ではとかく评判が良くないのですが、フランスではさまざまな话题で年号が口に上りますし、歴史に関わることではなおさらです。たとえば、日本では「五月革命」とよばれることが多い、1968年の変动は、フランスでは政治的立场にかかわらず「68年5月」とよばれ、しかも、たんなる年月を超えたニュアンスが込められていることが伝わってきます。まるで时间轴を中心した歴史认识が広く存在するかのようです。このような意味での歴史认识は、本书の范囲を超えますが、それもまた学术研究の対象になるのでしょう。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科?文学部 教授 長井 伸仁 / 2025)
本の目次
编者鼎谈 覇権の记忆から危机の时代へ
I 八九年という〈磁场〉
第一章 戦后宪法学における「フランス的契机」――樋口阳一の研究を中心に()
第二章 革命二〇〇周年とフランス史研究――柴田叁千雄『フランス革命』(一九八九年)をめぐって()
第叁章 「社会的デモクラシー」の行方――遅塚忠躬『ロベスピエールとドリヴィエ―フランス革命の世界史的位置』再読(永见瑞木)
なかがき(髙山裕二)
II 「戦后」知识人の肖像
第四章 加藤周一とフランス――『羊の歌』を导きの糸として(片冈大右)
第五章 ある「転向」知识人との対话――清水几太郎『オーギュスト?コント』の戦略(杉本隆司)
第六章 败北の文学――福田和也『奇妙な廃墟』(川上洋平)
III 一九六八年とその后
第七章 <ドゴール>の影――戦后日仏のボナパルティズム论をめぐって(髙山裕二)
第八章 二つの「私」の歴史学――『パリ五月革命 私論――転換としての六八年』をめぐって(中村 督)
第九章 ルソー的フランスからヴォルテール的フランスを経てジョレス的フランスへ――社会史と宗教学の対話の試み(伊达圣伸)
あとがき(宇野重规)

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