
书籍名
地球を相手にした道具
判型など
224ページ、四六判
言语
日本语
発行年月日
2025年1月
ISBN コード
9784860730789
出版社
王国社
出版社鲍搁尝
学内図书馆贷出状况(翱笔础颁)
英语版ページ指定
この本は、これまで笔者が建筑家として设计に携わるたびに书いてきた文章を、一册にまとめた本である。それらの多くは、2011年の东日本大震灾以降に书かれている。タイトルにある「地球を相手にした道具」という言叶には、建筑の道具的な侧面、しかも地球を相手にした道具を意识することが、これからの建筑の役割やデザインを考える上でとても大切な视点になる、という想いが込められている。とは言え、そもそも建筑は道具なのか、地球を相手にした道具とは一体何なのか、イメージするのはなかなか难しいかもしれない。加えて东日本大震灾との繋がりも、俄には见えてこないだろう。
例えば农作业をする人たちは、スコップや鎌、锹、锄などの道具を使って仕事をする。これらは土を深く掘るのか耕すのか、あるいは草を刈るのかなど、相手にする土地の状态に応じて适切に使い分けられている。卑近な例なら料理。料理が得意な人ならば、几つも包丁を揃え、素材に応じて最适な包丁を选びながらバッサリ切ったりみじん切りにしたりしているだろう。大地にせよ食材にせよ、地球の产物を相手に使う道具はどれも、人间がそれをどう生かすのか、どう関わるのかに応じて见事に进化してきたのである。道具の豊かさは、地球の豊かさの现れなのだ。と同时に着目したいのは、道具を使いこなすことを通じて人间の侧の感覚も研ぎ澄まされていくことである。优れた料理人は、包丁を入れた途端にその素材の良し悪しすら判断できてしまうというように。
このように、地球を相手にした道具は、ある意味で地球との豊かな対話の結晶でもある。そして建築も、本来はこうした道具であったと筆者は考えている。建築を介して土地の自然をより深く知ったり、季節の移ろいに敏感になったり、さらには人の機微にも触れることは、建築の大切な役割であったのだ。しかし近年の建築は、技术の偏重、高気密高断熱やプライバシー、セキュリティ、表層の仕上げの記号的な発信が主役となり、このような道具としての側面がすっかり痩せ細ってしまっている。と同時にこうした建築群が、人間が元来持っていた自然や地域、コミュニティに対する繊細な感受性をも鈍らせているのである。だからこそ改めて建築が、人と地球との関係を媒介する道具にならなくてはいけないと筆者は考えている。こうした建築を通じて自然への理解や感受性を身体的に育んでいかない限り、環境問題も根本的には解決しないからだ。必要なのは、膨大なデータなどではなく、地球の発する声との解像度の高い対話なのである。
東日本大震災は、技术に依存し過ぎた建築や都市の弱さ、人と人の繋がりの大切さに改めて気付かされる契機ともなった。この経験を経た後の建築や都市はどうあるべきなのか、それを考え続けてきた思考の軌跡がこの本には記されているが、建築を専門としない人でも気軽に読むことのできる題材もたくさん含まれている。広く多くの人に読んで頂けたら嬉しい。
(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 千葉 学 / 2025)
本の目次
I
身体から计画する
建筑家に何が可能か
ツーリズムを通じて支援する
「リアル」と「リモート」のツーリズム
繋がりは正义か
当事者意识と美しさ
地域文化资源の継承
【鼎谈】「みんなの家」を通じた公民馆の再考 千叶学+塚本由晴+贝岛桃代
土木、都市计画、建筑、家具、サインをシームレスにつないでつくる公共空间
庁舎は公共性を育むことができるのか
トコロアサオの纹様が伝える世界 野老朝雄&迟颈尘别蝉;青森市所蔵作品展「个と群」
II
「道具」としての建筑
道具と身体
説明可能性问题
技术と説明可能性
炙り出される自然
建てることと生きること
「身体性」と「他者性」
动いている庭
ル?コルビュジエとインド
III
「地球」を相手にした道具
How is Life?
最适化问题と「道具」
都市におけるストックとフロー
バイシクル?アーバニズム-生态学的都市计画に向けて
【対谈】身体から建筑を捉えなおす 千叶学+伊藤亜纱
【対谈】穴が开くほど见る 千叶学+西泽彻夫
あとがき
関连情报
令和5年度スキルアップセミナー「地球を相手にした道具」 (茨城県建筑士事务所协会 2024年2月17日)
展示:
NEW!「千葉学退任記念展覧会 建築を巡るダイアローグ from sketches to materialization 2001-2026」 (東京大学大学院工学系研究科建築学専攻千葉学研究室+千葉学建築計画事務所 2026年3月12日~3月28日)

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